バイト前日において、社会的であるということについて。
あんまり長らく更新していないと、トップページに出てくる記事たちの青臭さにやられるという、こんばんは、おひさしぶりです柳です。
えーと、ですね。
あしたから、バイト、をはじめることになりまして。
知るひとぞ知る前回の大失敗(!)を踏まえて、だいぶ職種を変えたのですが、まあそれでも、働く、という一点においては変わらないわけで。
バイトとはいえ、お金をもらうわけで。
社会に、出るわけで。
……わけで。
社会的であるというのは、どういうことだろう?
と、いうところに行き着いたわけであります。
このことを、働きはじめていないいまだからこそ、書きしるしておきたかった。
いまのわたしは、「社会的である」とは、
「社会に影響を与え、同時に社会から影響を受けること」
であると思います。
影響を受ける、っていうのがわたしとしてはミソです。
影響を与える、ってだけなら、仕事をしていれば多かれ少なかれだれでもそうなる。では、仕事をしているひとが全員社会的であるかというと、そんなことはないとわたしは思うのです。たぶん、そんな単純な話ではない。
仕事をしていても、社会から孤立することは可能です。それは、社会から影響を受けることを拒絶することによって。
社会に見向きもしなくたって、学校に行けるし仕事もできるし生きてもゆける。かたくなに自分の「世界」を閉じたまま、生きてゆくことは可能である。
社会から影響を受けるには、自分の「世界」を開くことが不可欠だと思います。
社会的であるということは、すり寄るとか媚びるとかそういうことではぜんぜんない。
自分の「世界」をいかに開いて、外の「世界」をどれだけ見てゆくか、そういうことだと思います。
……ちょっと抽象的なお話になってしまいました。
でもねえ、じっさいの問題として、社会的ってことにはお金の問題がついてまわるわけで……うーん。
しかし、時間も迫っています。あした早起きだから!いやまあ七時起きだけれど、わたしにとっては早起きだから!
あした以降、稼いできたらまた考えてみようと思います。
お金の話は、はしたないって思われがちだけれど、だいじ。
ちなみにわたしは、自称社会不適合者だよ!
でも、社会的でありたいと思ってるよ!
とりあえず、あしたバイト中に眠くならないことを願いつつ……寝ます。
おやすみなさい、またあした。