柳なつきのブログ

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水の国(9月24日ぶん)

(小説です。)
(連載と言うか、連載みたいに、なってしまうんだろうなぁ。コンスタントに書けるとはとても言えない状態なので、きれぎれになったり、ずいぶんと書かなかったり、かと思えばばーっと書いたり、いろいろあると思いますが、頑張ります。よかったら、おつきあいください。)
(まとめる前の、一次的で乱暴な状態であることをご了承いただければと思います。でももちろん、手を抜いているとか、そういうことはありません。)


『水の国』


 私、ぱりぱりに乾いています。
 ああもう私はほんとに、海の底、いちばん底でゆらめいていたい。ずっとずっと、ゆらめいていたい。はかなげな海草とか柔らかい砂とか、そういうのを食べて生きていたい。全身できれいな水を吸い込む、そしてきっと、私はそのときはじめて満たされる。
 どうして私は、地上に生まれてきたのだろう。ここは私には、くるしすぎるよ。いっつもいっつも喘いでる、ああもうほんとに、海の底で生きていたい。きれいで純粋で混じりけのない水の世界! 私は今日も夢想する。水の世界を夢想する。そうじゃなきゃ、だって生きてなんかいらんないもん。
 ほんとにどうして、私は地上に生きてるの? こんなからからに干からびた、無味乾燥な世界に。

「ねえ俺、皆元さんの夢を見た。」
 授業も生徒も風景も何もかもがくだらないこの空間でゆいいつ、彼は私に話しかけてきた。でも何だっけ誰だけこいつ、教室にいるのだからクラスメイトであることは間違いないのだけれど、私は目のまえのこの人間を個人として認識していない。
「ええと、ごめん誰。」
「えっどうしたの皆元さん、寝ぼけてる? でさぁ皆元さんの夢を見たんだよ、って言ってもこの言いかたはあくまで一般的なものなんだけどね、まあ皆元さんならわかるかも知れないけど。」
 手を思いきり振りかざして、唇を思いきり動かして、何やら必死な感じが漂っている。
「ねえ聞いてる、皆元さん?」
「ああ、まあ。」
「気のない返事だなぁ。一大事だっていうのに。こんなことは言わないほうが良いんだと思うけどさ、ことの重大さを認識したほうが良いよ。」
「はあ。」
 相づちは、冷たく響いた。そりゃそうだ、だって訳わかんない話をいきなり延々されたうえ、何か説教までされちゃってんだから。
 がたんがたんと椅子をひく音が鳴り始めたので周りを見わたすと、彼らは情報の教科書とフロッピーディスクを抱えてにこやかに談笑していた。入学してから一ヶ月、腹の底の探りあい。ああくだらないくだらない。やっぱ良かった、あんなのに混じんなくて。時間の無駄、エネルギーの消耗。そう思いながら私は立ちあがり、ロッカーのほうへ向かおうとする。
 するとこいつは、私の前に立ちはだかった。何という迷惑物。
「ちょっと皆元さん、話はまだ終わってないよ!」
「どいて。そこにいられると邪魔。」
「じゃあもう順番が滅茶苦茶で支離滅裂になっちゃうけどもうしょうがないから言うよ、皆元さん、昨日、水の国に来たでしょ?」
 ざあっと、奔流が聞こえた気がした。
「え、」
 私は彼の肩を掴む。彼はびっくりしたように後ずさる。私はずん、と詰め寄る。
「え、なに、今、何て言った。」
「だから、皆元さんは水の国に来れる人なんだよね? ていうか、それどころじゃなくて救世主っぽいけど。あくまでも、予言によるとね。」
「水の国はほんとにあるの?」
「あるよ。」
 彼はけろりと言う。
「嘘。嘘つかないで。」
「ほんとだよ。来ただろ、昨日。」
 小さく、息を吸う。そして吐く。信じられなかった。何だ、ここは、夢の延長線なのか? でも夢の世界に、教室なんかが侵入してくるわけはない。てことは、現実? 手から伝わってくる彼の肩の温度は、確かに生々しいものだった。
 鐘の音が、鳴った。金属質で冷たいその響きのもと、私は言った。
「情報。さぼって。」
「いいよ。」
 先ほどまでと違い、彼はあんがい、冷静な顔をしていた。茶色がちの瞳で、私を見ている。その視線が心の奥に届きそうな気がしてしまって、私は彼の肩からそっと手を離した。彼は私が触れていたところを、何気なく、しかし丹念にはらうのだった。
 鐘の音が鳴り止み、あたりは急に、しずまり返った。遠い。喧騒が、遠い。ここだけまるで、水のなかみたい。ぼんやりと、そう思った。