小説家の定義、とは。
ブログの記事を書くのは、なんだかんだでひさしぶりな気がします。むかし書いた短編を、アップしていたりはしていたけれど。
とある友人がブログで、ブログというのはじぶんのために書いている、みたいなことを言っていました。じぶんのための、文章。あるときにそういった文章が必要で大切だというのは、もうたしかなことだ。
私はどうしても、エンタテインということもちらっと考えてしまうけれど、でもそれってじぶんのための文章が書けるようになってから、だとも思うんだよなあ。
だから、なるべくこのブログではじぶんのためになるような文章をこころがけています。
このあいだツイッターで、このように呟きました。
まあ、だれしもそういうところあるだろうけれど、私だってこんな人生になるとは思っていなかった。小説は大好きだったけれども、本を出すというのはどういうことなのかなんてわかっていなかった。ほんとうに、ふしぎだ。でもいろいろなことを承知のうえで言うと、やはり私の本質は小説家なのだと思う。
— 柳なつき (@natsuki0710) 2015, 2月 1
そして漠然と考えていたのですが、小説家だと名乗るということは、なんだか非常に微妙な問題だな、と。
いったいいつから、ひとは小説家だと名乗りはじめるのか。
出版してから? でも出版を経験していなくっても、小説家と名乗ることはできます。
小説を一本でも書き上げたら? でも小説を書き上げなくっても、そう、書き上げてさえいなくっても、小説家と名乗ることだけならばできます。私はいま、構想を練っているんだ! なんてね。
小説家って、いったいなんなのだろう……。
小説を、書いていれば、小説家なのかな。
そうなんだろうけれど、それってすごく、曖昧な定義だよなあなんて。
私にかんして言えば、本質が小説家だということは疑ったことがありませんが、出版するまでは、やはりそのことを信じてくれるひとはすくなかったです。まあ、出版を一度だけ経験したいまでも、信じてくれていないひとはいるかもわかりませんが! でも、私はどうしてもそこを疑えないので、とりあえず問題はありません。
……あえて、言うのならば。
語らずにはいられないひと、でしょうか。
じぶんはこんなにも傷ついた、ということを、世界に向けて言わずにはいられないひと。
じぶんはこんなにも傷ついたけれども、こうやって乗り越えたよ、ということをも、世界に言わずにはいられないひと。
思考とおなじく漠然とした答えとはなってしまいますが、なんとなく、なんとなくこう思います。
さて、とりあえず書かなきゃですね。ほんとうに。
本質が小説家であったとしても、形式でまず小説家であることに成功しないと、どうしようもないと思うから。
「嫉妬」
高校一年生のとき、文芸部に入部して、ああ、見せる小説がなにもないなあなんて思ってちょろちょろっと書いた短編です。
このころは、こういうちょっと殺伐とした雰囲気のなかにいたんだなあ、と。
暇つぶしにでも読んでいただければ、と思います。
★
「嫉妬」
私は演じることが大好きです。いつもは引っ込み思案で、もじもじと何もできないのですけれど、お芝居をするときだけは溌剌となるのです。
小学三年生のとき、学芸会でかぐや姫をやったことがありました。私は当然、主人公のかぐや姫に立候補したのですが、私が手を垂直に伸ばしたとたん教室じゅうに笑いが起こりました。先生さえも苦笑いで、「山田、本当にやるのか? 大丈夫か?」などと言っていました。私はすっかり赤くなってしまい、ぎこちなく手をおろしました。結局かぐや姫はクラスで一番かわいい吉谷さんに決まりました。私はかぐや姫の近所に住んでいる住民Cをやりました。不満はもちろんありましたが、私は住民Cのたった一言のセリフを必死で練習し、誇らしげに発したものです。
私はそのとき、住民Cになりきっていました。いえ、私にとっては住民Cなんかではありません。私は住民Cに仰々しいお姫様の名前をつけていました。本当は月なんかよりよほど大きい木星から来たお姫様、しかしある事情によりその高貴な身分を「して生活している、という設定までありました。
それからしばらく、お芝居をする機会はありませんでした。私は家でひとり、架空の脇役と観客を想定して主役を演じ続けたものです。いつかいつか、大きなステージの上、スポットライトの中で喝采を浴びれたら。暇さえあればその空想にふけり、授業中もその世界に行っていたために、学業のほうはさっぱりでした。
小学六年生になったとき、ようやくお芝居をする機会が巡ってきました。小学六年生のときの学芸会は五、六人の班ごとに分かれ行うことになったので、その小さな班の中で、劇、と提案すれば劇をやれる可能性があったのです。
「何にしようか」
リーダー格の男子が言いました。しかし皆黙ったまま何も言いません。私はどれほど、劇にしよう、と言いたかったことでしょう。しかし大人しい性格の私にはそれができなかったのです。いつまでたっても決まらないので、先生がしびれを切らしてやってきたりもしました。私立中学を受けるために先生にいい顔をしたかったリーダー格の彼は焦ったのでしょう、ひとりひとりに、何がいい、と訊いてまわりました。皆、うーんと唸ったり苦笑いを返すだけでした。いよいよ私の番がやってきました。私は全身の勇気を振り絞って言いました。
「劇とか」
「劇」
彼は反復しました。そして、
「山田さんの意見に、賛成の人」
と問いました。皆は、どうでもいいよ、というふうにおざなりに手をあげていました。私はうつむきながら、内心ほっとしていました。のどが渇いていました。お芝居の内容は、私の班は女子が多かったためにシンデレラに決まりました。
さて、無事劇に決まったはいいのですが、私は主役をとれるかということが大問題です。私は家で三日間、考えあぐねました。そして正直に主役をやりたいと言う他ないだろうという結論に達しました。皆だって鬼ではないのだから、そして主役をやりたい者などいないに決まっているのだから、おそらく大丈夫だろう、と。そう自分の中で合点がいくと気持ちは一変して、全校生徒の前で可憐にシンデレラを演じる自分の姿がありありと浮かんできました。私はその妄想で何回も何回も楽しみました。私はもうすっかりシンデレラをやる気でいました。
配役を決める日がやってきました。
「じゃあ、シンデレラやりたい人」
さあ手をあげるぞ、と思ったとき、
「シンデレラは、鈴木さんがいいんじゃないかな」
などと、甲高い声で男子が言い出しました。鈴木さんは、今年に入ってもう六人に告白されたと噂される子です。冗談じゃない、と私は思いましたが、もちろんうつむいたままで何も言えやしません。断れ鈴木、と思いながら鈴木さんのほうを見ると、彼女はなんと、まんざらでもなさそうに照れているではありませんか。その表情が同姓の私から見てもまたかわいくてかわいくて、私はますますどろどろとした気持ちになっていくのでした。
「いいね、じゃあ鈴木さんにしようか」
リーダー格の彼の言葉が、私には死刑の宣告に聞こえました。
今ならまだ間に合う、手をあげてやりたいと言うんだ、ともう一人の自分が言いましたが、だってどうでしょう、鈴木さんのかわいいことといったら。私と比べて、彼女のシンデレラの似合うだろうことといったら。私は唇を噛んだままで、シンデレラはとうとう鈴木さんに決まりました。
私の役は意地悪なお姉さんになりました。三年生のときにやったかぐや姫の住民Cよりははるかに出番もセリフも多かったため、シンデレラになれなかったとはいえ私は喜びました。家で何回もセリフを反復しました。
しかしその喜びは、鈴木さんのシンデレラ姿を見た途端急激に冷めてしまいました。鈴木さんのかわいさ、いえ、若干十二歳にしての美しさ。そして出番の多いこと多いこと、出番の華やかなこと! 私はもうすっかりやる気が失せて、本番はおざなりに演じたものでした。どれだけ私がお姉さんをうまくやったとしたって、シンデレラにはかなわない、そう見せ付けられてのことでした。
中学に入ってからは、演劇をする機会はありませんでした。非常に残念なことに、小さな私の中学には演劇部が無かったのです。私は台本を書いてひとり自分の部屋で演じては、けらけら笑っていました。勉強もできない運動もできない私の、それだけが唯一の楽しみでした。その劇の中だけでは、私は常にかぐや姫のようなシンデレラのような、いえそれ以上の華やかな主役なのです。
中学校の三年間で、私は演劇に対する欲求不満を高めていきました。スポットライトの中で、大声を出して主役を演じたい。ただそれだけを強く思い、演劇部の無いかわりに偏差値のましな高校を蹴って、演劇部のある偏差値の低い高校に入ったほどでした。
高校に入ってから二日目、自己紹介をすることとなりました。皆、入りたい部活を言っていくのですが、私の前に至るまで、演劇部、と言った生徒はいませんでした。やはり、と私は少し残念な反面、嬉しい気持ちになりました。私は皆とは違う考えを持っている、と。
「西中出身の、山田桃子といいます。演劇部に入ろうと思っています。よろしくお願いします」
私は変に誇らしい気持ちで自己紹介を終えました。
なので、後ろに座っていた八日さんの自己紹介は不意打ちでした。
「八日理衣子です。中央中出身です。入りたい部活は、演劇部です。これからよろしくお願いします」
私はじっと八日さんを見つめていました。八日さんは椅子をひいて席につき、そのとき私と目が合いました。彼女はにっこりと微笑みました。その微笑みは本当に眩しくて、幼子のように無邪気でした。
吉谷さん、鈴木さん、かぐや姫、シンデレラ。断片的なイメージが頭の中に浮かんできました。
休み時間、八日さんは私に話しかけてきました。
「ねえねえ、山田さん? 話すの初めてだね、八日理衣子です、よろしくね」
彼女の意図はわかっていましたから、慌てた私はこちらから話を振ってしまいました。
「八日さんも、演劇部入りたいんだよね」
八日さんはあの無邪気な笑みを浮かべ、
「そう、そう」
と嬉しそうに言いました。
「明日、部活紹介があるんだってね。楽しみだね」
などと私たちは談笑し、お弁当を共に食べ、駅まで一緒に帰りました。
邪魔者め、と私は思っていました。一緒になんかいたくない、しかし敵のことを知ることが大切だ、そう思って、私は彼女と仲良くなったのです。
実際八日さんはとてもかわいかったのです。無邪気な八日さんの微笑みを見るたび、私は打ちのめされました。
主役はとらせないぞ、と私は彼女を見るたび思うのでした。私はひとり稽古をたくさんしてきましたから少しは自信があります。たとえ見ためで負けたって、演技力で勝てばいい、そうだ、演劇とはそういうものだ、などとあれこれ考えていました。
そうして部活紹介の日がやってきました。演劇部はレベルが高く、隣に座っていた八日さんもほうっとため息をついていました。
見事な劇の幕が下りたあと、
「部活体験は、ホールでやっています。ぜひ来てください。今日早速練習がありますので」
と、演劇部の部長が言いました。
「ね、今日一緒に行こうね」
八日さんは私に無邪気に微笑みかけました。
そのとき初めて、私はもしかしてこの子をどうにかしてしまうんじゃないかとふと思いました。いつか、階段から突き落とすとか。自分が八日さんを階段から突き落としている場面がありありと浮かんできました。私はぞくっとしました。ひとつはそんな恐ろしいことを自分が考え付くことに対して、もうひとつは突き落とすことのさぞ快感だろうということに対して。階段から突き落として骨を折ったりしたら、演劇なぞ一生無理でしょう。私は彼女に非常に醜い感情を抱いていたのです。
放課後、私は八日さんと部活見学に行きました。部活見学には、私たちを含めて五人の生徒がいました。
まずやったのは、発声練習でした。私は四番目で、八日さんは五番目でした。前の三人は、演劇部の経験があるというわりには実力がなく、なあんだと私は胸をなでおろしました。私の番、腹の底から声を出しました。すると声はホール中に響き渡り、先輩たちも感心しているようすでした。どんなもんだ、と私は思わず鼻を鳴らしました。
八日さんはたいしたこと無いだろうというのが私の予想でした。彼女は中学校のときは吹奏楽部だったと言っていたし、華奢な彼女の体からそう大きな声が出るとは思えなかったのです。
しかし八日さんはすごい声量で、しかも明確に発音をしました。その場にいた全員が驚いたようでした。ホールに声が満ち、わあんと余韻まで残りました。先輩たちは私のときよりもっと感心したようすで、拍手までしました。
「きみ、演劇部だったの」
と先輩が訊くと、
「児童劇団をやってたんです」
と八日さんは照れたふうに言いました。私はそんなこと、一言も聞いてませんでした。
「へえ。うまいね。きっとうまくやれるよ。主役張れると思うよ」
「ありがとうございます」
先輩と八日さんはそのような会話を交わしました。
それを横目で見ながら私は、彼女を殺す他ないと思いました。
見慣れない町の景色が窓の外を流れていきました。
私は今までに一度も降りたことのない小さな駅で降り、適当に歩き回ってこぢんまりとした金物屋を探し、ポケットに入るほどのナイフを購入しました。ポケットに入るほど小さくとも刃は鋭く、心臓を刺せば殺せるだろうと私は考えました。
その夜私は八日さんを殺すところを想像してはくすくす笑いました。彼女はあの大きな目でびっくりして私を見るでしょう、そして苦悶の表情を浮かべるでしょう。笑いを止めようとしても、勝手に溢れ出てきました。真っ暗な部屋で、笑いだけが響いていました。
要は今すぐにでも八日さんがいなくなってくれればよかったのです。演劇部の見学部員の中では、私が八日さんの次にうまいのですから。
私はポケットにナイフを入れ、朝早く学校に行きました。昨夜は興奮して眠れなかったのです。そのため私の目は異様に血走り、変な光を放っていました。
八日さんは十分後くらいたったあとに学校に来ました。私の顔を見て、一瞬ぎょっとしたようですが、すぐにそれを押し隠したようでした。
「おはよう。どうしたの、なんか具合悪いの?」
「ううん、大丈夫だよ。なんでもない。ありがとう」
偽善者め。邪魔者め。お前は今日私に殺されるんだ。主役は私だ主役は私だ主役は私だ主役はお前なんかにやらせるもんか主役は私だ。
「どうしたの? なんか目がどっかいってるよ?」
「あ、そう? 昨日徹夜で勉強したからかなぁ、疲れちゃって」
主役は私だ主役は私だ、もう主役はとらせない。
「本当に? ならいいけど。ねえ、ところで今日も演劇部の活動あるよね? 行く?」
「うん、行く行く、楽しみだね」
そうだ、せいぜい最後の部活を楽しむがいいさ。しかし主役は私だ主役は私だ主役は私だ……
部活のあと、私と八日さんは共に帰りました。
駅までの道は、田舎ですのでまわりは田んぼだらけです。見渡してみると、まわりに人はいません。
やるなら今だと思いました。
「ねえ、この道、狭いね。一列にならない?」
と私は八日さんに提案しました。
「そうだね」
八日さんは私の目の前を歩きました。無防備な背中をさらして。
私はポケットからナイフを取り出しました。そして一気に、一気に、一気に……
「どうしたの?」
八日さんが振り向きました。私は咄嗟にナイフをうしろに隠しました。
「ううん、なんでもない」
「そうお?」
八日さんは無邪気に微笑み、また歩き始めました。
私はナイフを胸にしまいました。
そして胸のナイフをしっかりと握ったまま、八日さんの背中をぼうっと見つめていました。
そしてもう一度、ナイフに手をかけました。
きょうも懲りずにひとからひとからー。
いやあ、出かけたりなんだりプライベートがあいかわらずごたごたっとごちゃごちゃっとしていると、なかなかブログ書けないですねー、なんてぼんやりと思ったり。
でも文章書くのは好きだし、やっぱり習慣にしていきたいなあ。
きょうも懲りずに、ひとりカラオケに行ってきました。好きだなーって言われそうですけれど、好きですよ!カラオケ!もう、ほんっと好きです!ひとりで何回行っても友達と何回行っても、飽きないw
あまりにカラオケが好きすぎるからか、いわゆる「歌ってみた」を投稿してもいいんじゃないのー、と言われたこともあるのですが、なかなかねー……そもそもうたってみるとして、名義をどうするんだっていう……柳なつきでアップするのは若干ためらわれますが、かといってそうでなければ私はいま以上にまったく宣伝する力もないし……!
まあ、「歌ってみた」は保留ですね。それによく考えたら私、ネットに公開してもへいきだなーって安心して思えるほどの声じゃないよたぶん……!
ちなみに、きょうのラインナップ。
二時間いたのですが、途中でちまちま原稿進めてるので曲数は先日よりすくなめ。
1. チャイナタウン/パスピエ
2. 脳内戦争/パスピエ
3. YES/NO/パスピエ
4. アリス→デレ/イオシス/miko
5. Secret of my heart/倉木麻衣
6. 絶対!Part2/早坂好恵
7. もう泣かないで/瀬能あづさ
8. 乙女よ大使を抱け!!./天海春香(中村繪里子)
9. アジアの純真/PUFFY
10. 入り鉄砲に出女/タルトタタン
11. LOVEずっきゅん/相対性理論
12. BATACO/相対性理論
13. お猿/ミドリ
14. 能動的三分間/東京事変
15. 丸の内サディスティック/椎名林檎
きょうは比較的、落ち着いた選曲だったと思います。なんて言うか、電波じゃないって意味において。きっと私の気持ちも落ち着いていたんだなあ。
相対性理論とミドリをうたうと、わりと評判がいいです。まるえつそっくりー、だとか、第二のごまりだー、とか言ってもらえる。もちろんその場を盛り上げるため言っているところもあるのでしょうが、それでも嬉しいという。
ミドリにかんしては、うたいこなせるひともあんまりいない、と友人から聞いたことがあります。私はミドリめちゃくちゃうたいやすい。うたってて、楽しいです。
そういえば、きょう、新宿で友人とお茶してきました。
ほんのわずかな時間だったけれど、それでもこんなにすっきりするもんなんだなあ、と思ったり。
やっぱり親密な人間関係って、だいじですねなんて月並みなことを思いました。
きょうは、なんだかんだで、いろいろうまくいって楽しかったです。
と、小学生の絵日記みたいな締めをしてみる!w
「馬鹿の話」
中学生のときに書いた、短編小説です。2008年かな。このブログに記録が残っている年でもありますね。
こんなことを考えていたと思うと、こんな世界に生きていたと思うと、なんだか切なくなるんだよなあ。いまと、書きたいことは変わってないみたいだけれど……やっぱり、ね。かたちが、ね。
もしよろしければ、さらっと読んでみてくださいー。
★
『馬鹿の話』
自分が馬鹿だと気がついた経緯について話そう。
例えば幼稚園のころこんなことがあった。みんなでかくれんぼをする。私が鬼になる。十数えて探しに行く。しかし誰も見つからない。気がついたらみんな幼稚園の建物に入っていて、私は半べそをかきながらみんなを探しているところを先生に保護された。
小学校のころはこんなことがあった。好きな男の子が初めてできた。そのころ私は自分という人間をまだよく知らなかったので、無謀にも告白をすることにした。友達に相談して、彼を呼び出してもらった。静かな場所で二人きりで告白。二人きりのつもりだった。「好きです」勇気を出してそう言った瞬間あちこちからクラスメイトたちが飛び出してはやし立てた。「ゴリラに告られた! ゴリラに告られた!」私は影でゴリラと呼ばれていたことを初めて知った。
中学校のころ私は道化を演じた。自分の本心を、矮小で卑屈でそのうえ尊大で自己否定と自己肯定に揺れ動いている自我を必死に偽装しようとしたからだ。要するに馬鹿にされることで、自分のことをわけのわからない人間だと周囲に思わせ自分自身を隠そうとした。何を言われてもひたすら笑った。おどけたりもした。しかしそれほど受けなかった。私には笑いの才能もなかった。
そうすることでだんだん「自分から見た自分」と「周囲から見られている自分」が乖離していくことに気がついた。「自分から見た自分」と「周囲から見られている自分」とのギャップに苦しむようになった。自らそうなるように仕向けたにもかかわらずだ。
中学三年生の春一ヶ月ほど私は体調を崩して学校に行けなくなった。自分をはじめて客観的に見つめて、実際自分は賢くもなんともないただの馬鹿であることに気がついてしまったからだ。私は毎日眠って過ごした。そして学校に復帰したとき、私は道化ではなくなっていた。誰とも話さない、話せない人間となっていた。もう今は、怖くて道化などできない。
やはりうまく文章が書けない。その他にも色々と私が馬鹿である根拠はあるのだ。でも記憶にふたをしてあって思い出せない。
結局のところ私自身だって自己愛に苦しめられる凡人であったというそれだけのことだ。
1
寝坊した。今日は入学式だというのに。私は鏡を見た。そして誰にも会いたくない衝動にかられた。かといって入学式を休むほどの度胸が私にあるわけがなく、私は制服に着替え始めた。
可愛いことで知られるこの制服、我ながら似合わない。太い足は見せたくないが、女子高生のスカートが膝より下というのも変だ。私はにゅうっと突き出た自分の足を見てため息をついた。
入学式のあとの教室は、友達を作ろうと目を輝かしている子たちで賑やかだった。
誰も話しかけてこない。髪が茶色で目がくっきりとしている新しいクラスメイトたちが時折こちらを見てくすくす笑っている。もう慣れたじゃないか、と自分に言い聞かせてもやはり胸は苦しい。
後ろから肩を叩かれた。
反射的に振り向くと、赤いふちの眼鏡をかけた子が微笑みながら私を見ていた。私は頭をさげた。内心自分に呆れる。そこは頭をさげるところじゃないだろう。
「ねえ何中? 私は東中なんだ、何中?」
「あ、……西中……です」
私は太くて低い男のような声でぼそぼそと答えた。この声はコンプレックスのひとつだった。
「へぇ西中か。上野理穂って子いたでしょ。知ってる? 私塾一緒だったんだ」
「え、……あ、はい……」
上野理穂は私を特に馬鹿にしていた騒がしい子たちのうちの一人だった。トイレで彼女が「花ちゃんってあんなんで生きてて何が楽しいんだろう」と笑いながら言っていたことは忘れない。
「敬語やめてよ。同級生なんだからさ」
「あ、うん……」
「友達になろうよ。ね?」
彼女は笑い、私の手を握った。
こうして私と下田頼子は「友達」になった。
2
この時間がとても嫌だ。ボールがこちらにパスされる。ボールを受け取れず、ころころと転がっていくのを無様に追う。体育館は嫌な静けさに包まれている。
「花ちゃん、落ち着いてやれば入るよきっと」バレーチームのキャプテン役を務めている子が完璧な作り笑いで言った。
私は手の中にあるボールを見つめる。こんな玉、どうやってネットの向こう側に飛ばせというんだ。
覚悟を決めてボールを叩いた。ボールは体育館の端に転がっていった。
「ドンマーイ」
みんなが一斉に言う。あくまで形式的に。ドンマイなんて誰も本気で思っていない。その証拠に誰の目にも呆れと苛立ちが浮かんでいる。そして私をますます見下していく、こいつはどうしてこんなこともできないんだと。
ごめん、と謝ろうかどうか迷った。でも喉に言葉が詰まって出てこない。
体育が終わりネットを片付けていると、頼子が私のほうに駆けてきた。
「お疲れ。どうだった?」
「うん、まあまあ……」
頼子だって私のサーブは見ていたはずだ。
「そっか、まあ、あまり気にしないほうがいいよ」
頼子は私の肩を叩いた。私は思わず身を縮めた。
「こんな体育なんてすべてじゃないんだし。花ちゃん勉強できるし」
すべてじゃない。頼子はこういった明るい一般論、というかきれいごとが好きらしくよく使う。不思議と悪い気はしない。頼子の口から出てくると、きれいごとを信じて生きていくのも悪くないかな、なんて気にまで一瞬なる。あくまで一瞬だけど。
私と頼子は並んで教室に戻った。
トイレに行って席に戻ろうとすると、私の席に上野理穂が座っていた。借りるよ、と断りをもらった覚えはない。しかも机の中から私の筆箱を出して、勝手にシャーペンを取り出していた。そして前の席の子と何か喋っていた。
私は途方にくれた。座れないと困る。でも楽しそうに騒いでいる上野理穂たちに話しかけるなんて絶対できない。
仕方なく頼子の席に行った。
「どうしたの?」
頼子が聞いた。そして私の席を見て、納得したようにうなずいた。
「ひどいね。無断でとられたんでしょ?」
私はうなずいた。
「大丈夫だよ。休み時間はここで喋ってよ。ね?」
幼児に言い聞かせるような口調だったが、私にとってはそれでも嬉しかった。
「大体さ」
頼子は急に声をひそめた。
「上野理穂って嫌な子だよね。私塾一緒だったんだけど、授業中うるさいし、人の持ち物無断で借りてくし。話すことは人の悪口ばっかだしさ。人のこと見下してるし。ね、花ちゃんもそう思わない?」
返事をするのに一瞬躊躇した。悪口に同調するとろくな結果にならないことは知っている。
しかし私は上野理穂が好きではなかった。それに頼子ならきっと大丈夫だろう、と思った。頼子は私以外にあまり友達がいなかったし、上野理穂たちとのグループとの繋がりもなかったからだ。
「私も、中学のとき……」
と、トイレで「花ちゃんってあんなんで生きてて何が楽しいんだろう」と言われたエピソードを話した。私のほうからこんなに喋るのは初めてだった。
「えー、マジで? ひどすぎじゃん、それ! ありえないし!」
頼子は怒りをあらわにした。
「そんなやつのほうが生きてて何が楽しいんだし! 花ちゃん、そんな子の言うこと聞くことないよ」
「うん、ありがとう……」
頼子がこのことに対して怒ってくれた、それだけでも私は嬉しかった。
中学のとき、道化を演じていたころは、一緒にさわぐ同級生こそ何人かいた。しかし彼らは私が道化を演じなくなった途端離れていった。
もちろん悩み事なんて何も言えなかった。彼らとの会話は相手の顔色伺いと悪口で成り立っていた。悩みなんか相談したら、すぐに悪いほうに広がっていったことだろう。
こんな彼らを友達と呼べるのだろうか?
頼子はここ数年の中で初めての友達と言っても過言ではなかった。
3
学校であった出来事をいくつか記そう。
私が登校すると、やはり頼子は来ていなかった。頼子の家は学校から遠い。
上野理穂たちの集団が教室の隅で何か騒いでいる。しかし私の席は今日は占領されていなかった。心もちほっとし、席につく。
かばんから教科書を出していると、
「ねぇねぇ」
上野理穂の声だった。私は機械人形のようにぎくしゃくと後ろを向いた。
「花ちゃんって、デブだよねー」
いきなり何。息が苦しくなった。
女子たちが「言っちゃったねー」とくすくす笑っている声が聞こえた。
「どうすればそんな太れんの? あたし今痩せすぎでさぁ、だから教えて」
「え、……いや」
「よく聞こえないんですけどー」
「……あの」
「まぁいいや。花ちゃんくらいの体型になったら大変だし?」
そしてまた爆笑した。
廊下を歩いているとき、会話が聞こえてきた。
「なあ、うちのクラスの可愛い子って誰だと思う?」
「えー、佐々木とか、上野とか……」
「山部もよくね?」
「あー確かに」
「田代は?」
にやついた男子が言った。
一瞬沈黙したあと、彼らは笑った。
「お前、田代かよ! それはないだろ」
「田代とかウケるんだけど」
「あいつ存在自体がありえないよな」
「ていうか存在自体がネタ?」
そして頷きあってるのだった。
4
昔、こういったことがあった。
中学生のときのことだ。私は初めて男友達ができた。サッカー部に入っていて、クラスの中心的存在で、誰にでも気さくに話しかける男子だった。席が隣になったとき、彼は私にも声をかけた。そのようにして彼と私は友達になった。
ある日彼と話をしていた。
「ねえ、あんたの家ってなんかすごいんだってねー。豪華なんでしょ。いいな。行ってみたいな」
これは私だ。行ってみたいな、というのは冗談だった。
しかし彼は笑いながら言った。
「来るか?」
私は舞い上がった。もしかしたら私のことを好きなのかもしれない、なんて果てしない勘違いもした。
約束の日曜日、私は私なりの精一杯のおしゃれをしたつもりで出かけた。短パンに、よれよれのTシャツに、スニーカー。客観的に見てとてもおしゃれとはいえない格好だった。でもそのときの私はそうやって足を出すのが大人っぽいと、男の子っぽい格好をするのがかっこいいと思っていた。無駄に大きい胸が無ければきっと男にしか見えなかったことだろう。
待ち合わせ場所の公園には誰もいなかった。私はきょろきょろとあたりを見渡した。
すると公園の隅に、クラスの男子たちがいた。皆にやにやと嫌な笑いを浮かべ、こちらを見ていた。携帯で私の写真を撮っている者もいた。その中に、あのサッカー部の男子もいた。
「うわ。本当に来たよ……」
誰かがそう言っているのが聞こえてしまった。
私は顔を赤くし、男子に何か怒鳴ろうとしてやめ、自転車でその場を去った。
この出来事は私の中に深く残ることになった。それまで私が自分を見たときの評価は、「男子とも仲の良い女子」だった。男子と話さない女子を内心見下したりもしていたのだ。
それが一転してしまった。
当時よりも、後になってこのことを思い返したときのほうがじわじわと痛みがきた。
このできごとだけが原因というわけではないが、だから今、私は男子が苦手だ。
放課後、頼子に一緒に帰ろうと声をかけるところを、
「田代さん」
と呼び止められた。
雛野だった。クラスの中でもあまり目立たない、気弱な男子。
雛野はうつむいてもじもじとしたあと、
「ちょっと話があるんだ」
と言い、勝手に歩き始めてしまった。
昔サッカー部の男子に騙された出来事が脳裏に浮かんだ。また同じことをされるのかもしれない。
でも今のところ雛野が悪い奴だとは思えなかった。根拠は無い。でも大人しめな人たちはなんとなく良い人だという気がするのだ。
正直に言うと期待もあった。
愚かだ。私は本当に愚かだ。
私は頼子に先に帰っててと謝り、雛野についていった。
雛野が連れてきた場所は屋上だった。
「田代さん」
雛野は言った。
「田代さんのこと、俺……好きだったんだ」
風が吹いた。
生まれて初めて、告白された。
今までこういったことには全然縁がなかった。
「付き合ってください」
雛野は頭を下げた。
私は周りを見渡した。誰もいない。そのときかすかに人の笑い声が聞こえた気がした。私は声のしたほう、屋上の裏側に歩いていった。
そこにはクラスの男子たちがいた。
「ほら、お前が声漏らすから」
「いいとこだったのによー」
クラスの男子たちは私が目に入っていないかのように雛野のところに行き、
「よくやったな、雛野」
と嘲笑を交えて明らかに雛野を見下した口調で言った。
「これで罰ゲーム終わりにしてやるから。良かったなー」
「モンスターと付き合うことになってたらヤバかったな」
「あいつに告白するとか最強だよな」
「でも雛野なら案外お似合いだったんじゃね?」
男子たちは一斉に笑った。
「お前モンスターと付き合えよ」
「似合う似合う。似合うよ」
男子たちは雛野の肩を抱き、笑いながらその場を去っていった。
私は屋上に立ち尽くしていた。
小馬鹿にするようにどこかで烏が鳴いた。雲は分厚く光を通さなかった。
5
朝が来てしまった。学校に行かなくちゃいけない。そう思うのに、体が動かなかった。細胞全体が学校に行くことを拒否していた。
「花、そろそろ学校の時間じゃないの」
母が部屋に入ってきて、カーテンを開けた。眩しい光に思わず布団をかぶった。
「花、ほら、花。起きなさい」
母は私の体を揺さぶった。
「……行きたくない」
母は呆れた顔をした。
「やめてよ。また不登校?」
と言って布団を無理やりはがした。
「そんなこと言ってないで、行くの。高校は行かないとやめさせられちゃうんだから」
わかっている。私は顔をしかめて起き上がった。
制服を着て、姿見に自分をうつしてみた。
モンスター。
忘れよう忘れようと思うたびにその言葉は頭に浮かび上がってきた。
学校に行くと、頼子はまだいなかった。頼子は家が遠いので、学校に来るのが遅い。
私の席を、上野理穂たちが占領していた。私が声をかけようかどうしようか逡巡しているうちに、上野理穂が私に気がついた。
「花ちゃん、ここ借りてるから。いいでしょ?」
私は思わずうなずいてしまった。よくない、ちっともよくないのに。私は所在無さげに、教室の後ろに突っ立っていることとなった。
馬鹿だ、馬鹿すぎる、こんなの。滑稽を通り越して、悲惨だ。
上野理穂たちは時々ちらりとこちらを見た。そしてくすくす笑った。時折「モンスター」という言葉が聞こえるような気がした。幻聴かもしれないけれど。
どうして同級生なのにこんなに違うんだろう、と思った。同じくらいの学力で、同じ年で、性別も同じで、何がこんなに違うんだろう。そんなの決まっている。でもその答えを受け入れられるほど私は成熟していない。
「田代さーん」
上野理穂の取り巻きのひとりが私を呼んだ。
「ほら、言いなよ」
「えー嫌、お前が言えよ」
「どうする?」
彼女たちは楽しげにひそひそと話をしていた。
そして最終的には上野理穂が、
「花ちゃん、昨日、雛野に告白されたんだって? どうだった?」
と言った。
赤くなりたくなんかないのに顔に血がのぼった。
「わー、赤くなってる!」
「どうだった? どうだった?」
言葉が次々に浴びせられて、私はその場に立ち尽くした。
そのとき教室のドアが遠慮がちに開いて雛野が俯きながら教室に入ってきた。
「あ、雛野じゃん! いいとこに来たねー。昨日田代さんに告ったんでしょ? ねえねえ、どうだったの?」
「OKもらえた?」
「あ、あれは罰ゲームで……俺は別に……」
雛野が小さな声で弁解した。
「そんなこと言わないでさー。付き合っちゃいなよ。二人、お似合いだよ」
「うんうん、マジでお似合い」
気がつくと、私はクラス中に注目されていた。ちゃらちゃらしてる男子も、おとなしめの女子も、みんな私のほうを見ていた。
「田代さんに告白だって」
と、おとなしめの女子たちのグループが軽く噴出したのがわかった。
「ねー、二人のことくっつけちゃわないー?」
誰かが言い出した。やめろよ、と私は心の中で叫んだ。もうこういうことは真っ平なのに。
「いいね! いいアイデア出すじゃーん」
「雛野こっち来ーい」
雛野は動かずに、かすかに首だけを振った。しかし男子たちが無理やり雛野を私のそばに連れてきた。
「田代花江さんと雛野一樹さん、結婚いたしまーす!」
男子が叫んだ。きゃあ、と女子が騒いだ。
雛野は男子にがっちりと腕を押さえられ、身動きがとれない状態だった。彼と私の距離は数センチほどしかなかった。
「キス! キス! キス! キス!」
男子が手拍子を打ち、声を揃えてコールし始めた。冗談じゃない。
「早くしろよ」
「焦らすなよー」
キスコールと共に、あちこちから野次が飛んでくる。
気がつくと教室のドアから人が溢れ出していた。騒ぎに気がついて、別のクラスの人たちまで見物に来たらしい。
「ねえねえ何なに?」
「田代さんと雛野がキスするんだって!」
私は震えていた。どうしてだかわからないけど、激しく震えていた。雛野は心底嫌そうな顔をして、怯えていた。
「キス! キス! キス! キス!」
女子たちもコールを始めている。彼女たちは本当に楽しげだった。クラスの外からもコールが聞こえてくる。めまいがした。私は言葉で縛り付けられていて動けない。
「もう無理やりやっちゃおうぜ。もうすぐ授業始まるし」
男子が言った。いいね、と誰かが言った。私は女子から体を押さえられて、いよいよ逃げられなくなった。
男子は雛野の体を無理やり私にくっつけようとした。雛野の吐息が顔にかかる。雛野は必死に抵抗していた。でもひ弱な雛野が運動部のエースである彼らに勝てるわけがなかった。
雛野の唇が私の唇に触れる、と思った瞬間、私はあらん限りの力を使って顔を背けた。
でも、雛野の唇は私の唇の右半分に触れた、というかぶつかった。
わあ、と歓声が起きた。とても楽しそうな歓声だった。
「きゃー、キスしたよ! キス!」
誰かが言った。
「これで二人は公認カップルだね」
誰かが言った。
誰が言ったかなんてわからない。誰だって同じことだ。私は誰の顔も仮面に見えた。仮面をつけてにんまり意地悪く笑っている。
雛野の目は赤かった。私だって泣きたい。でもさっきからどうにか堪えている。
「ディープキス! ディープキス!」
再びコールが始まった。女子はがっちりと私を押さえつけていた。雛野の顔がまた近づいてきた。
私はもう一度、雛野とキスさせられた。
騒がしいドアのほうを見ると、視界の端に頼子がうつった。頼子は心配そうな顔をして、でもしっかりとキスさせられている私を見ていた。
先生が教室に来る直前に、私と雛野は解放された。そしてみんなすました顔をして、席についていた。
教室にあらわれた先生は、何も気がついていないようだった。あるいは何も気がついていないふりをしていただけかもしれない。
頼子と私は一緒に学校から出て、駅までの道のりを何も喋らずに歩いた。
駅が目前に見えたとき、頼子はぽつんと言った。
「ありえないよね」
黙って話の続きを待つと、
「こんなの、無いよ。ありえないよ……」
それきりだった。頼子は下りの電車、私は上りの電車なので、改札口で私たちは別れた。
家に帰ってまずしたことは、部屋にある姿見の鏡を裏向きにすることだった。これで自分自身の姿を見なくて済む。
それから台所で唇のあたりを中心に顔をこすり洗いした。洗面所は鏡があるから行きたくなかった。何回洗っても気持ち悪さがとれなかった。
やがて台所で顔を洗っていることに母が気付き、「顔を洗うなら洗面所で洗いなさい」と言った。私は無視して唇を洗い続けた。母は何回か私に声をかけたが、諦めたのか「あとでちゃんと台所の水道洗っといてね」と言い残しリビングに戻っていった。
台所には冷蔵庫のうなる声だけが響いていた。
顔を思い切りしかめた。
すると涙が零れ落ちた。
悔しかったし悲しかったし、こんな自分が本当に嫌だった。月並みな表現だけれど。
6
夜、滅多に鳴らない携帯電話に頼子から電話がかかってきた。
「……もしもし」
私は言ったが、電話からは頼子が沈黙が聞こえてくるだけで何も答えない。
黙って頼子が話し始めるのを待った。そのまま五分ほどが経過した。
「……めん」
頼子の声はよく聞き取れなかった。
「……ごめん、花ちゃん……私、見てた。花ちゃんがからかわれてるの、全部見てた。でも止めなかった。止められなかった。最低だよね、私。こうして電話して言い訳してること自体がもう最低なんだ。こんなこと言わなければ良いのにね」
私はただ話を聞いていた。
「言い訳じみてる。本当に。でもどうすればいいのかわからなかったんだ。……言い訳だ。全部、言い訳だ」
頼子は混乱しているようだった。頼子が落ち着くのを待って、私は言葉をかけた。
「別に頼子のせいじゃない。頼子に悪いところはひとつも無いし、これは私の問題だから」
頼子、と名前を呼んだのは初めてだった。
これは私の問題だ。私が馬鹿に生まれついたから、こういうことが起こる。誰も悪くない。強いて言うのならば、おそらく私が生まれてきたことが悪いんだろう。
頼子は少し黙ったあと言った。
「ありがとう。花ちゃんは優しいね」
頼子もあの仮面の人間たちと同じだとわかったから、ただそれだけだ。頼子は悪くない。でも、もう期待はしない。
こんな私は我侭だろうか?
7
それからの三日間は何も起こらずに過ぎた。廊下を歩いているときに男子から避けられたり、「花ちゃんって男子みたいだよね」と女子に笑われたり、雛野とのことでからかわれたりはしたけれど、そんなものはもう日常で、何かが起こったと特筆すべきことではない。
頼子は相変わらずよく私のところに来た。私は今までと変わらず話をした。私たちの関係は特に何も変わらなかった。
雛野とキスさせられてから、四日目のことだった。
授業が終わって昼休みになった途端、
「暇暇暇ーっ」
と言ったのは上野理穂の取り巻きの誰かだった。
「すっごい暇。退屈。最近やることない」
「だよねー……」
上野理穂の取り巻きは机につっぷつして、のそのそと喋っていた。のそのそと喋っていても、その声はクラス中に響き渡るのだからすごい。
「なんか面白いことないー?」
「なんか無いかなぁ」
それまで口を挟まずにガムを噛んでいた上野理穂が、「ちょっと」と小声で話を始めた。
退屈そうだった集団が一気に盛り上がった。
「えー、ちょっとキワどくないー?」
「いいのそんなことしちゃって!」
「ヤバくないー?」
と口では言いつつも、彼女たちは楽しそうだった。
嫌な予感がした。
上野理穂はクラスのリーダー格の男子たちを呼び、何かを耳打ちした。
男子たちも楽しそうな顔になり、「いいぜ」などと言っていた。
「みんなー、ちゅーもーく」
上野理穂が手を叩いた。クラス中の視線が集まる。
「これから田代花江さんと雛野一樹さんの正式な結婚を行いたいと思いまーす」
男子が言った。教室が沸いた。
私は言葉の意味をよく飲み込めないでいた。頭の中に上野理穂の言葉が巡る。コレカラタシロハナエサントヒナノカズキサンノ……何?
のろのろと雛野のほうを見ると、彼は顔を真っ青にしていた。見ていて痛々しいほどに怯えていた。
かわいそうに、雛野一樹。雛野のことは嫌いではなかった。いかにもお坊ちゃんの坊主頭がよく似合ってるなと思っていた。それなのに私と一緒に玩具にされてしまう。
雛野のところに力の強い男子が何人か向かう。
「やれー」
誰ともなく誰かが言った。
雛野は服を剥がれていた。ブレザーのボタンを外され、ワイシャツのボタンを外され……雛野はじたばたと暴れているがそんなこと男子たちは気にもしない。
気がつくと私の周りにも女子がたかっていた。ブレザーの第一ボタンに上野理穂の取り巻きが手をかけた。
やめて、そう言おうとしたのに喉は枯れたみたいに何も声が出てこない。
「脱げ! 脱げ! 脱げ! 脱げ!」
まただ。また、コールが起こっている。デジャウを感じた。デジャウも何も、つい四日前のことだあれは。こんな状況なのに自分に突っ込みを入れてしまう自分が滑稽だった。
仮面が私を取り囲んでいる。口元はにやついて、目は細く嫌そうに笑っている仮面。仮面が私のブレザーを引っぺがす。ベストのチャックを下げる。私はもう諦めていた。勝手にすればいい。きっとこうされることが私の存在意義なんだ。まともな人間たちのストレス解消の道具になることだけが、私の存在意義なんだ。だってそうじゃない? そうでなければどうして私だけがこんな目にあう? どうしてこんな風に生まれついてきてしまう?
お前は人間じゃない。人間として取り扱ってもらう権利が無い。周りの仮面たちが口々に言っていた。言葉にはしていないけど私にはそれがよくわかった。
涙が溢れた。滑稽だ。
ブラウスとスカートだけの姿になって、あとはそれらを脱がすだけで下着姿になるというときだった。
「やめてよ!」
金切り声が響いた。騒がしいクラスは波がひくように静まった。
彼女は仮面をかぶっていなかった。頼子だった。
頼子は同情したくなるほど震えて、顔は強張っていた。
「あんたたち、今、自分が何してるかわかってる? 花ちゃんと雛野に、何してるかわかってる? 人の気持ち、考えたことってある?」
頼子の声は裏返っていた。
「何言ってるかわかんないんですけどー?」
上野理穂が頼子の前に歩み寄った。くっつくかと思うほど二人の顔は近い。上野理穂のほうが十センチくらい背が高い分、頼子は小さく見えた。
「いい? よく聞いてよ。あたしたち別にいじめしてるわけじゃないの。ちょっと遊んでるだけだよ。だって雛野だって花ちゃんだって嫌だって言ってないじゃん、ねぇ?」
上野理穂の取り巻きたちが頷いた。
上野理穂はそれを確かめると、今度は鼻を鳴らした。
「それにね。こいつらだもん、しょうがないじゃん。ね、だからわかったら大人しくしとけよ」
大人しくしとけよ、のところで声色が変わった。頼子は上野理穂を睨んで今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「はい、ちょっとしらけたけど再開! やろやろ」
上野理穂は手を鳴らした。少しずつ教室は賑やかになって、また元の騒がしさを取り戻した。コールも始まった。
頼子は俯いていた。唇を噛んでじっとしていた。
結果から言うと、ブラウスとスカートは脱がされずに済んだ。雛野もあと一歩のところで無事だった。騒ぎに気がついた先生がやって来たからだ。さすがに二回繰り返して似たようなことが起こると、先生も動かずにはいられないらしい。
8
頼子はその後放課後まで一回も喋らなかった。一緒に帰ろうと声をかけると、力なく「うん」と返してきた。いつになく沈んだ面持ちだった。下を睨んで何かを考えているようだった。
少しして頼子は独り言を呟くように言った。
「私、馬鹿だよね、本当。正直言うと自分でもよくわからないんだ、なんであんなことしたのか。衝動的だったんだ。おとなしくしてればよかったのかもしれない。そうすれば私が上野から何かうるさいこと言われることはなかったわけだし。でも……」
頼子は首を振った。「偽善かもしれない」
「……やらない善より、やる偽善」
私はどこかで聞きかじった言葉を言ってみた。頼子は疲れたように、しかし少しだけ微笑んでくれた。
「こんなこと花ちゃんに言って、どうするんだろ。迷惑だよね。ごめんね」
「でも、私は嬉しかった」
私は言った。そうか、嬉しかったのかもしれないと口に出して初めて気がついた。
「ありがと」
頼子の声は震えていた。私たちは校門に向かって歩きながらずっと黙っていた。
二人の馬鹿は並んで校門を出た。
あとがき
あとがきなんて言い訳にしかならないことは知っているけど
花も頼子もよくわからない人間になってしまった
登場人物がよくわからないというのは小説の中で最低の部類だと思う
だからこれは小説じゃないただの文章なんだろうと思う
というか最初からそう思っていた
つまり日記の類だろう
私には日記しか書けない。
でも村上春樹の小説の中にあった
「僕は自分のために、小説でない詩でない、ただの文章を書きたいと思った。」と
「蝿のために文章が書けたら素敵だ。」と
それが励みになっている。
2008/02/18
なにごともなかったかのように、カラオケなんかに行ってきたり。
前々回、ブログを一週間に三度は更新するとか言ったあとに、言ったくせに、入院してしまいましたこんばんは柳です。
プライベートのほうもちょっとごたごたしていたのですが、どうにか落ち着いてきたので、これからはまたちょろちょろっと更新していけたら……いいなあ。
で、なにごともなかったかのようにきょうはひとカラとか行ってきました。
カラオケ熱が高まりすぎちゃって……!カラオケ楽しいよカラオケ……!
私はよく原稿をしていると煮詰まって、カラオケでやったりするのですが。
きょうは原稿をやるひまもなく、夢中でうたってしまいました。
そのあと喫茶店で進めたけれども……けれども……!
で、思ったことがふたつほどあります。
まずは、感情を込めてうたわないことこそ、プロなんだなーってこと。
あとは、調子が出るとか出ないとか、やっぱりあるんだなーってこと。
両方とも、小説にも通じるところがあるなって!思いました!
以下、せっかくなのでうたった歌を記録しておきます。晒す、ともいう。
- キラメキラリ/高槻やよい(仁後真耶子)
- 四角革命/相対性理論
- もうそう★こうかんにっき/乙女新党
- Princess Party~青春禁止令~/あゆ+みる+るぅ/ゆかいななかまたち
- Q&Q/相対性理論
- チャイナタウン/パスピエ
- ポリティカルないきものたち/タルトタタン
- お猿/ミドリ
- エルの楽園[→side:E→]/ Sound Horizon
- しんでしまうとはなさけない!/じーざす(ワンダフル☆オポチュニティ!)
- 人として軸がぶれている/大槻ケンヂと絶望少女達
- 行列のできるえーりん診療所/イオシス/3L
- 超妻賢母宣言/WAV
- ハナマル☆センセイション/Little Non
- 脳内戦争/パスピエ
- 少年よ我に帰れ/やくしまるえつこメトロオーケストラ
- とおりゃんせ/パスピエ
- Princess Bride!/KOTOKO
- スマトラ警備隊/相対性理論
- LOVEずっきゅん/相対性理論
それひとカラでうたうんですか……?って歌もあると思いますが、ひとカラだからこそうたえるんですよねー。きょうはパスピエが熱かった……!
あっそうでもなかった。ふつうに友達と行ってもこんな感じですね、私とカラオケ行くとこんな感じのラインナップになると思われます。今度どなたかカラオケ行きましょカラオケ!
お知らせ
こんばんは、柳です。
このたび、短期の入院をすることになりました。
一週間か二週間程度を予定しています。
そんなにたいした症状ではないのですが、まあ、念のためということで。
そういうわけで、ブログもすこしのあいだ更新できなくなります。
前回書いた抱負で、更新するって決めたばっかりだったんですけどね……!まあ、こればっかりは仕方ない。
すぐ帰ってくるつもりなので、そのときにはまた、みなさまよろしくお願いしますー。
抱負というか、目標を。
3日からひと晩、群馬に帰省してまいりましたー。
親戚に挨拶もできたし、中学のころの友人たちとお茶もできたし、よかったです。
帰りの新幹線が、めちゃくちゃ混んでいたのですが……。
角田光代さんの『ピンク・バス』を読みつつ荷台に乗った水色のスーツケースを眺めつつ、どうしてか、今年の目標を考えていました。
それで、みっつ、目標を立ててみました。
・一週間に三日は、ブログを更新する。
・一週間に三冊は、本を読む(小説でも漫画でも学術書でも、なんでも)
・一週間に三日は、勉強する。
すべて、四日四冊四日にしようかと思ったのですが、それぞれの負担をよく考えて、やはり三日三冊三日にしておきました。みっつの目標だし、ちょうどいいかなーとも思いまして。
べつに、できるのならば、四、やればいいわけだし。
・一週間に四日は、ブログを更新する。
いやあ、きのうはブログが書けなかったんですよ。ほんとうは毎日書こうかなーと思っていたのですが、あ、やっぱり毎日は無理だな、と思いまして。
私、こう見えて、お泊まりとか徹夜でお出かけとか、意外と多いんですよね。あと眠いときは寝ちゃうし。そうでなくても電話したあととか、そのまま寝ちゃうし。
そうなると、やっぱりブログを毎日は更新できないんです。生活リズムを考えると、難しいな、と思いました。
なので、三日。三日はブログを更新していきたい。
この目標は、目に見えてわかりやすいですよね。
・一週間に三冊は、本を読む(小説でも漫画でも学術書でも、なんでも)
漫画もオッケーにした理由は、小説や学術書を読み切れない週に漫画でも達成できるから、続きやすいかな、と思いまして。
漫画から吸収すること、たくさんありますからねー。
読書量を数えてみると、去年は漫画が圧倒的に多かったのですが、一週間に最低三冊と決めたことで、その比率が変化するかどうか楽しみです。
これもいちおう、読んだ本をツイッターに書けるので、目に見えますね。
・一週間に三日は、勉強する。
まあ、これがいちばん難しいというか、まず勉強することから厳選していかなきゃいけない、というか……、そこからかよ、って感じですが。
とりあえず、学校のレポートから。あとは神学、哲学、語学、歴史などをまんべんなく、かなー。
これは、達成されたかどうかがわかりづらいですね……。ツイッターかブログで報告していくか。でもそれもなあ。ちょっと、考え中です。
こんな感じで、今年はやっていくと思います!
よろしくお願いしますー。